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高松高等裁判所 昭和62年(行コ)4号 判決 1991年3月29日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が昭和五七年六月二五日付で香労委昭和五三年(不)第一号不当労働行為救済命令申立事件につき控訴人に対してした救済命令(認容部分)を取り消す。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  控訴人の請求原因

1(一)  被控訴人は香労委昭和五三年(不)第一号不当労働行為申立事件(以下「本件不当労働行為救済命令事件」という。)において昭和五七年六月二五日付、同日ころ到達の書面で控訴人に対し、参加人労働組合(以下「組合」という。)の執行委員長(当時)星野人史(以下「星野」という。)に対してした無許可で組合の宣伝活動紙「職場ニュース」(以下「ビラ」という。A四版謄写版刷一、二枚のもの)を配布したことを理由とする昭和五三年五月九日付訓告処分、同年同月一六日付戒告処分を撤回せよ。」との救済命令を発し(以下「本件救済命令(一)」という。)、その理由は、被控訴人主張1(二)のとおりである。

(二)  本件救済命令(一)の訓告、戒告の撤回処分は、決の点で違法であるので、その取消を求める。すなわち、

(1) 使用者は職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保できるようにその施設を管理し利用する権限を有しているのであるから、使用者の許諾を得ないで施設を組合活動のため利用することは、使用者が施設の利用を許諾しないことが権利の濫用であるような特別の事情がある場合を除き、組合の正当な行為に当たらない。使用者である控訴人は学園経営施設である校舎、校内につき右のような人的、物的な管理、利用権を有し、就業規則一四条一二号で職員の遵守事項として「書面による許可なく、当校内で業務外の掲示をし、若しくは図書又は印刷物等の頒布あるいは貼付をしないこと」と定めている。それを定めた理由は、控訴人が右施設で私学として特色のある中学、高校生徒の教育をしており、未だ判断力の充分ではないこれらの生徒の目に触れる校内施設で、ビラの配布など組合活動も含めた教育外活動をすることは右教育を阻害する虞れがあるため、個別的にその都度許可を要するものとしたものであり、右就業規則の定めは前記のような施設の管理、利用権の正当な行使であって、権利の濫用に当たるような特別の事情は存在しない。そして、控訴人は組合に対し、本件救済命令(一)にいう各日時の職員室におけるビラ配布を許可したことがなく、右ビラ配布行為は、控訴人の施設の管理、利用権の定めである右就業規則に反し、労働組合法(以下「法」という。)七条一号の組合の正当な行為に当たらない。

(2) 又、同月八日のビラ配布は就業時間内の午前一〇時四〇分から午前一一時三〇分ころにされたものであり、その余のいずれも、就業時間内に配布されたものであり、その点でも組合の正当な行為ではない。控訴人は組合に対し、個別的にビラ配布を許可した場合でも、前記(1)と同様の理由で放課後の就業時間外にするように申し入れている。

(3) 控訴人は右就業規則に反する組合活動につき、責任者である執行委員長に対し、訓告、戒告をしたものであり、法七条一号の不当労働行為に当たるものではない。

(三)  控訴人には組合の運営に対する支配介入の意図がなかったから、星野に対する訓告、戒告は法七条三号の不当労働行為に当たらない。その事情は前記(二)と同一である。

2(一)  被控訴人は本件不当労働行為救済命令事件において昭和五七年六月二五日付、同日ころ到達の書面で控訴人に対し、「組合掲示板の設置に関し組合と誠意を持って団体交渉に応ずることを命ずる。」旨の救済命令を発し(以下「本件救済命令(二)」という。)、その理由は被控訴人主張2(二)のとおりである。

(二)  しかし、本件救済命令(二)は次の点で違法であるから、その取消を求める。控訴人は、施設管理者として前記1(二)(1)と同様の理由で、学校教育という特殊事情からみて組合掲示板を校舎内に設けることを許可しないものであって、そのような拒否事由は正当であり権利の濫用に当たらず、控訴人には団交に応ずる義務がない。そうではないとしても、控訴人は既に昭和五二年一〇月一五日及び昭和五三年五月九日の二回にわたり団交に応じたが、組合が控訴人の組合掲示板設置を認めないという方針につき納得せず合意できなかったものであり、控訴人はそれ以上に団交義務を負わないから、それを命ずるのは違法であり、取消を求める。

3(一)  被控訴人は本件不当労働行為救済命令事件において昭和五七年六月二五日付、同日ころ到達の書面で控訴人に対し、「組合執行委員中内正嗣(以下「中内」という。)を速やかに学級担任に復帰させることを命ずる。」旨の救済命令を発し(以下「本件救済命令(三)」という。)、その理由は被控訴人主張3(二)のとおりである。

(二)  しかし、本件救済命令(三)は次の点で違法であるから、その取消を求める。

(1) 中内を学級担任に指名をしなかったのは、次のような学習指導進度の極端な遅れがあったことによる。控訴人は私立学校で、毎年高校卒業と同時に有名大学に進学する生徒数が相当多い実績があり、中学から高校までの一貫教育をしており、各学年で教える進度は従前から公立学校と異なる独自の進度を定めていた。その内容は、中学から入る生徒については、中学、高校の六年間を通じたカリキュラムがあるが、中内の担当していた中学の代数については、中学一年(以下「中一」という。)の教科書は中一の一、二学期までに教え、中学二年(以下「中二」という。)の教科書は中一の三学期、中二の一学期で教え、中学三年(以下「中三」という。)の教科書は中二の二、三学期で教え、中三では高校一年(以下「高一」という。)の教科書数Ⅰを教えることになっている。中内は教諭新任の昭和四七年度から四九年度まで中一、中二、と各年度の主コースの代数を持ち上がり形式で担当し、数学科主任寺嶋教諭の指導により、各学年の進度をその細部にわたって充分に理解しており、昭和五一年度は中一の学級担任となり、昭和五二年度はその学級を持ち上がりの形式でその学級担任となり、代数を担当していた。しかし、数学科主任寺嶋教諭が機会ある毎に指導し注意していたのに、中内は中学高校の一貫教育の中で中二の一学期末までに教えるべき中二の教科書を中二の三学期七週目で漸く終わり、その遅延は一学期分と七週分になった。中内に持ち上がり形式で中三のその学級の担任をさせると、その後の教育計画に大幅の支障を来すことが判明したため、控訴人は中内を中三の学級担任に指名しなかったものである。

(2) 学級担任であった者を翌年度の新たな校務分掌を定める際学級担任に指名しなかったことは、単に控訴人の人事運用上の問題であって、控訴人の職員にもその例が多く、これにより給与その他の経済条件に不利益を及ぼすものではなく、法七条一号の不利益処分に当たらない。

4(一)  被控訴人は本件不当労働行為救済命令事件において昭和五七年六月二五日付、同日ころ到達の書面で控訴人に対し、「組合員武田博雅(以下「武田」という。)に対し、退職勧奨してはならない。」旨の救済命令を発し(以下「本件救済命令(四)」という。)、その理由は被控訴人主張4(二)のとおりである。

(二)  本件救済命令(四)は次の点で違法であるから、その取消を求める。

(1) 武田が昭和五二年一月二〇日ころ生徒に対し、自己の給与月額が約一一万円弱であるのに七万円にすぎない旨虚偽の事実を述べたり、控訴人の進学中心の教育方針を批判することを述べたため、控訴人の当時の理事長兼丸亀校長倉田キヨヱ(以下「理事長」という。)が武田を理事長室に呼び言動を謹むように口頭で注意した。

(2) しかし、武田は昭和五二年六月ころにも生徒編集の学内新聞に掲載すべき談話として控訴人の進学中心の教育を批判したことを事前に知り、控訴人は同年七月八日武田の身元保証人である同人伯父近藤義郎(以下「近藤」という。)に対し、武田が控訴人の教育方針を批判しておりこれに従えないのであれば、退職の上武田の考えに合った学校に就職するのが良いのではないかと述べ、近藤を通じて退職を勧奨した。近藤がその後控訴人理事長に宛てた手紙で武田が控訴人の教育方針に従うので宜しく指導されたい旨述べたので、控訴人は武田に対しそれ以上退職勧奨をしなかった。

(3) しかし、武田は組合執行委員として昭和五五年四月八日付職場ニュース(ビラ。A四版で二枚)に海野伸二(以下「海野」という。)教諭の講師降職後に解雇となった記事を掲載し、その中で、控訴人が武田に対し事実無根のことを理由に退職を強要しそのため武田の父を病死させたことがあったが、海野教諭の降職事由となった暴力事件も、武田の場合と同様に控訴人が暴力事件を捏造したものである旨虚偽の事実を記載するに至ったため、控訴人理事長は武田に対し直接に退職を勧奨したものである。

三  控訴人の請求原因に対する被控訴人の答弁

1(一)  本件救済命令(一)の発令の事実は認める。

(二)  本件救済命令(一)は次の理由に基づくもので適法である。

(1) 被控訴人は、(イ) 控訴人が昭和五三年五月九日前組合執行委員長星野に対してした訓告処分、すなわち、右星野が就業規則一四条一二号による控訴人の許可を得ないで組合員をして同年五月八日及び同年同月九日他の組合員に対し、職員室で、ビラを配布させた行為につき、就業規則六七条一号譴責の内イの訓告の懲戒処分に付したこと、(ロ) 控訴人が同年同月一六日右星野に対してした戒告処分、すなわち、右星野が同様の控訴人の許可を得ないで組合員をして同年同月一六日その他の組合員に対し、職員室で、ビラを配布させた行為につき、就業規則六七条一号譴責の内ロの戒告の懲戒処分に付したことは、何れも、法七条一号の組合の正当な行為をしたことを理由とするものであり、又、同条三号の組合の運営を支配し介入するものであるから、その訓告、戒告処分を撤回するよう本件救済命令(一)を発した。

(2) 参加人組合は、企業内組織で、組合の情報宣伝活動が不可欠で、組合掲示板の設置がないから、組合が使用者である控訴人の許可を得ないで職員室で就業時間外にビラを配布する行為は、正当な組合の行為で、使用者がその施設利用を受忍すべきものであり(ビラを配布した時間は、昭和五三年五月八日は始業時間(午前八時二五分)前の午前七時五五分から同八時五分までの間、同年同月九日は始業時間前の午前八時から同八時五分までの間、同年同月一六日は始業時間前の午前八時から同八時一〇分までの間であるから、いずれも就業時間外である。)、それが控訴人主張の就業規則に反しても、控訴人の懲戒処分は、星野が組合の正当な行為をしたことを理由に不利益な取扱をしたもので、法七条一号の不当労働行為に当たり、施設管理上の必要がないのに組合活動を制約する目的で組合の運営を支配しこれに介入するもので、同条三号の不当労働行為に当たる。

2(一)  本件救済命令(二)の発令の事実は認める。

(二)  本件救済命令(二)は次の理由に基づくもので適法である。

(1) 組合は昭和五二年一〇月一五日及び昭和五三年五月九日控訴人に対し、団体交渉し、組合の掲示板を控訴人の施設である校舎内の喫茶室、湯沸室、更衣室等の適切な場所に設けることに関する申込をしたが、控訴人は生徒の目に触れる場所に設けることはその教育を阻害するとして、これを拒否した。

(2) しかし、組合は企業内組合であり、使用者の施設を利用することは避け難く、組合掲示板は組合の情報宣伝活動として不可欠で、控訴人は組合掲示板の設置につきこれを受忍すべき義務があり、その設置方法等につき組合となお誠実に団体交渉を継続する義務がある。よって、被控訴人は控訴人に対し、本件救済命令(二)を発したものである。

3(一)  本件救済命令(三)の発令の事実は認める。

(二)  本件救済命令(三)は次の理由に基づくもので適法である。

(1) 控訴人は昭和五三年度の校務分掌を定めた際中内に対し、控訴人の持ち上がりの慣行上中三の二組の学級担任とすべきところ、中内が担当の代数の授業進度を遅らせたとの口実で、実際には、中内が組合の執行委員(なお、昭和五四年六月一六日から組合執行委員長)として組合活動をしていることを理由にその学級担任の指名をしなかったが、右行為は、組合の正当な行為をしたことを理由に不利益な取扱をしたもので法七条一号の不当労働行為に当たるから、その撤回を命ずる救済命令を発したものである。

(2) 中内が中学の代数の授業進度を遅らせていたことの立証がなく、遅れていたとしても、控訴人がこれにつき注意したことがなく、このことを学級担任の指名をしない理由とすることは容易に首肯できない。

(3) 昭和五二年度に学級担任に指名されていたのに昭和五三年度において学級担任の指名がされなかった者は、中内のほか、副執行委員長入江、書記長北里、会計監査委員宮岡の四名にすぎず、このことからみると、中内が組合の執行委員として組合の正当な行為をしていることを理由に、不利益な取扱をしたものというべきであり、法七条一号の不当労働行為に当たるので、被控訴人は控訴人に対し本件救済命令(三)を発した。

4(一)  本件救済命令(四)の発令の事実は認める。

(二)  本件救済命令(四)は次の理由に基づくもので適法である。

控訴人理事長は、(1) 何ら武田に弁解の機会を与えないで昭和五二年七月八日武田の伯父近藤を通じ武田に対し、武田の考えが控訴人の教育方針に合わないので退職して自分の考えに合う学校に転職することを勧奨し、(2) 昭和五五年七月一六日武田に対し、ビラに掲載した武田の記事につきその弁解を聞いた後退職を勧奨したが、控訴人の右行為はいずれも、武田が組合活動を活発にしていることを嫌悪し、武田を控訴人の職員から排除して組合の運営を支配しこれに介入しようとしたもので、法七条三号の不当労働行為に当たり、そのような退職勧奨が将来も繰り返される虞れがあるので、被控訴人は控訴人に対し、武田に退職勧奨することを禁止した本件救済命令(四)を発したものである。

四  控訴人の請求原因に対する参加人の主張

1  本件救済命令(一)について

控訴人が前組合執行委員長星野に対し無許可でビラを配布した行為につき訓告、戒告の懲戒処分に付したのは、組合のした正当な組合の行為を理由としたものであり、施設管理上必要がなく、組合活動を制約する目的で、組合の運営を支配しこれに介入するもので、法七条一号、三号の不当労働行為に当たるので、被控訴人のした本件救済命令(一)は適法である。すなわち、

(一)  企業内で組合活動をする労働組合が企業施設を利用して組合の情報宣伝活動のためビラを配布する行為は、使用者の許可を得ずにしても労使関係からみて使用者がこれを受忍すべきもので、組合の正当な行為である。組合が昭和五三年五月八日、同年同月九日、同年同月一六日に控訴人の許可を得ずにビラを配布したが、右の点から組合の正当な行為に当たる。

(二)  右ビラ配布行為はいずれも、始業時間外にしたもの(その内容は被控訴人主張と同一である。)でその点でも、組合の正当な行為である。

2  本件救済命令(二)について

(一)  組合掲示板設置に関し使用者である控訴人はその受忍義務があることは前記1と同様である。

(二)  組合はその掲示板を設ける位置につき、喫煙室、湯沸室、本館三階研究室、職員更衣室、体育教諭室、理科教諭室などを提案して控訴人と二回にわたり団体交渉をしたが、控訴人は、校内には生徒の眼に触れない場所はなく、掲示板の設置を認めると許可による制限と異なり無制限となることを挙げて、設置自体に反対し合意に至らなかったもので、本件救済命令(二)は適法である。

3  本件救済命令(三)について

控訴人が組合執行委員中内に対し昭和五三年度の学級担任の指名をしなかったのは、中内が組合の正当な行為をしていることを嫌悪したものであり、法七条一号の不当労働行為に当たるので、被控訴人のした本件救済命令(三)は適法である。

(一)  中内の担当した中二数学の進度が著しく遅れたことはなく、若干の遅れがあったが、中内が中三の学級担任に指名されれば、中三の三学期末までには十分に遅れを取り戻すことができ、控訴人が予定する中学における課程の全部を授業することができたものである。控訴人の学級担任は、原則として、中一から高校三年(以下「高三」という。)までの六年間を一サイクルとして同一教諭が持ち上がりの形式で担任する方式と、中一から中三まで、高一から高三までの各三年間を一サイクルとして同一の教諭が持ち上がりの形式で担任する方式とがあり、中内は従前は、昭和四九年度は高一、昭和五〇年度は高校二年(以下「高二」という。)、昭和五一年度は高三の各同一の組を持ち上がりの形式で担任し、昭和五二年度は中二担任教諭の退職の補充で中二を担任したので、昭和五三年度は同一の組の中三の担任となることがその制度運用の実態であった。従って、中内としては、中三まで持ち上がりの形式で担任する者に指名されるものとして、若干遅れている進度を中三の三学期末までにすればよく、その遅れはその時期までに充分に取り戻すことができた。そして、毎学期末に進度表を提出して倉田康男校長(昭和五二年当時。以下「校長」という。)の承認を得ているが、校長から進度に関し注意を受けたことはなかったし、数学科寺嶋主任からも何らの指導もなかった。従って、被控訴人が中内を昭和五三年度に中三の同一の組の担任の指名をしない合理的な理由がなかった。

(二)  従前学級担任であった中内が右サイクルの途中の中三の年度に担任の指名がされなかったことは、前記の担任制度の趣旨からみて、勤務条件の不利益変更に当たる。

(三)  被控訴人は中内が組合の執行委員であることを嫌悪し、学級担任の指名をしなかったものである。すなわち、

(1) 組合は昭和五一年一〇月二日結成されたが、組合員の内結成前に前記サイクルにより各学級担任に指名されていた組合員は昭和五一年度は全学級二二クラスの内半数の一一名いたが、昭和五二年度は八名となり、昭和五三年度はその内組合の執行委員長中内、副執行委員長入江紀文(以下「入江」という。)、書記長北里泰俊(以下「北里」という。)、会計監査委員宮岡邑治(以下「宮岡」という。)の四名がそれぞれ学級担任の指名がされなかった。又、北条英明(以下「北条」という。)、鈴木博之(以下「鈴木」という。)は一旦組合に加入しその後脱退したため昭和五三年度に学級担任に指名され、中内の代わりには非組合員の小林範人(以下「小林」という。英語担当)が指名された。その後組合員である者も学級担任に指名されるようになったが、中内についてはその後も組合執行委員長として組合活動をしているため、武田については退職強要のため、現在まで学級担任の指名がない。

(2) 中内を学級担任に指名しなかった理由につき倉田校長は明示していないが、中内の担任していたクラスの英語の成績が悪かったので英語担当の小林教諭を担任としたということは校長もこれを否定しており、学級担任を決める会議では中内の進度の遅れは問題とされなかったと他の出席者が述べている。

4  本件救済命令(四)について

控訴人が武田に対し繰り返し退職を強要したことは、武田が組合員として熱心に組合の正当な行為をしていることを嫌悪し、同人を退職させ組合から排除して組合の運営を支配しこれに介入する意思でされたものであり、法七条三号の不当労働行為に当たるものであるから、本件救済命令(四)は適法である。すなわち、

(一)  武田が昭和五二年一月二〇日控訴人理事長に対し、組合の活動として団体交渉した席上、組合員につき住宅事情の改善を要求したところ、理事長が武田に対し、武田が組合員僅か一二、三名の組合に加入するとは思わなかったと述べ武田が組合活動をすることを嫌悪し、経済的な豊かさを求めるのであれば田舎に行った方がよいとして退職を求めた。

(二)  控訴人は昭和五二年七月八日武田の伯父で武田の身元保証人である近藤に対し、武田に退職するよう勧めることを強く求めた。その理由は、武田が、月給が僅か七万円で生活が苦しく、学校に愛着がなく、勉強第一主義で自分の考えと違うなどと言っているが、それは控訴人学園の建学の精神に反するとのことであった。武田がそのような言動をしたことがなかったが、武田が伯父の手紙を通じてそのころ控訴人に対し、以後控訴人の教育方針に従う旨述べたため、その時はそれで済んだ。

(三)  控訴人は昭和五五年七月一六日直接武田に対し、退職を強要した。その理由は、控訴人が前記(二)のように近藤に対し、武田の退職を勧めてくれるように求めたことが原因で武田の父が死亡したとの虚偽の事実をビラ(職場ニュース)に記載したとしてこれを問責するということであった。しかし、武田はビラにそのような記事を掲載したことがない。

(四)  控訴人は昭和五六年三月一九日武田に対し、再び退職を強要した。その理由は、そのころ行われた被控訴人の本件審問で武田の述べた事が事実に反するということであったが、武田は事実に反したことは述べていない。

(五)  武田は日常積極的に組合活動をしており、海野教諭の懲戒解雇についても処分反対の活動をしており、理事長は武田のこれらの組合の正当な行為を嫌悪していた。

五  証拠関係(省略)

理由

一  本件救済命令(一)について

1  控訴人の請求原因1(一)の事実(本件救済命令(一)の発令及びその理由。但し、ビラ配布が就業時間内にされたものかどうかの点は除く。)は当事者間に争いがない。

2  各成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証の一ないし三、五、六、一二、一三、各原本の存在と成立に争いのない甲第三六号証の二、第三七号証の一、乙第四号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三ないし七、原審(第一、二回)及び当審における証人倉田康男、同寺嶋正明、原審における証人貞廣保雄の各証言、原審(第一、二回)及び当審における控訴人代表者倉田キヨヱ尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人の就業規則一四条一二号には職員の遵守事項として「書面による許可なく、当校内で業務外の掲示をし、若しくは図書または印刷物の頒布或いは貼付をしないこと」と定めており、その理由は、控訴人が高校及び中学生徒の教育を事業目的としているが、未だ判断力の充分ではない生徒の眼に触れるところで労使紛争に関する組合活動を記載し、時には事実に基づかずに控訴人を誹謗する記事を掲載したビラを配布するなど教育外の行為をすることはその業務を阻害する虞れがあることによる。

(二)  組合(控訴人丸亀校では唯一の労働組合であるが組合員数は従業員の過半数に達しない。)もこの就業規則を熟知しており、組合結成当初は職員専用の校門の外付近でビラを配布していたが、その内職員室で他の組合員に配布するようになり、控訴人はそのころ前組合執行委員長星野に対し、許可を得ずに校内でビラを配布しないように口頭で注意した。組合は昭和五一年一月二五日から昭和五二年一月一四日までの間は右就業規則に従いその都度個別的にその許可を得て職員室で配布していた。しかし、控訴人が昭和五一年一一月ころ組合の許可申請の当否を検討していた際公立学校教諭と控訴人の教諭との給与額の比較の記事が、その経歴も不明な両校の各一名の三二歳の教諭だけを取り上げて比較している上、公立教諭の額がベースアップ後の額であり、控訴人教諭の額はベースアップにより増額されているのにベースアップ前の額を記載するなどその記事に疑問があり、控訴人が職員の給与を不当に低額にしているような誤解を招く虞れがあったので、そのビラ配布を不許可とした。控訴人はその際組合に対し、そのような記事の掲載を未然に防止したいとして、謄写版による印刷前の原稿で許可申請されたい旨申し込んだ。しかし、組合はこれに応ぜず、それが組合に対する支配介入であるとして、昭和五二年一〇月の組合大会で以後は控訴人の許可を得ないで校内でビラを配布する旨決議した。

(三)  前組合執行委員長星野は右組合決議に従い組合員をして昭和五三年五月八日、同月九日の各就業開始時間前に、職員室で、他の組合員に対しビラを各配布させた。控訴人は同年同月九日右星野に対し、右各行為は前記就業規則に反することを理由に、就業規則六七条一号譴責の内イの訓告(書面で注意する。)の懲戒処分にした。

(四)  しかし、右星野は組合員をしてさらに同年同月一六日他の組合員に対し、職員室でビラを配布させた。控訴人は同年同月同日右星野に対し、右行為は前記就業規則に反するとして同六七条一号譴責の内ロ戒告(書面で注意し将来を戒める。)の懲戒処分にした。

以上のとおり認められ、右認定に反する乙第二号証の八は右認定事実と対比するとにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

3(一)  使用者は職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保できるようにその施設を管理し利用する権限を有するのであるから、使用者の許諾を得ないで施設を組合活動に利用することは、使用者においてその許諾をしないことが権利の濫用に当たるなどの特別の事情がない限り、組合の正当な行為に当たらない(最高裁判所判決昭和五四年一〇月三〇日参照)。本件において、控訴人は学校教育の施設である校舎内及び校舎敷地内につき右のような人的、物的な管理、利用権を有するが、前記認定の就業規則一四条一二号でビラ配布につき控訴人の許可を要する旨定めたのは、校舎内及び校舎敷地内で労使間の紛争につき時には不正確な事実に基づく控訴人の誹謗記事が掲載されたビラを配布することで、未だ判断力の充分ではない高校及び中学生徒の眼に触れ、教育を阻害する虞れがあることによるもので、その理由は首肯することができ、右就業規則は権利の濫用に当たるものではないから、右認定の前組合執行委員長のした無許可ビラ配布行為は正当な組合の行為とすることはできない。

(二)  控訴人が組合に対し、右認定の時期に原稿で許可を求めるよう申し込んだことは、それが一般にビラの内容に関して干渉し原稿で検閲するような印象を与え組合の運営に対する支配介入となり兼ねないから、許可の手続としては相当ではなく、控訴人がその内容のビラを配布することが相当ではないと考えれば許可を与えなければ済むことであり、それが不許可となったとしても、組合がそれを校外において配布する自由まで奪われるものではない。しかし、控訴人の右申入後にビラの原稿による申請ではないとして許可しなかった事例は未だなかったことが弁論の全趣旨により認められ、又、そのような事態になればそれに対処すれば足り、このことがあったからといって、直ちに前記就業規則の許可を要する旨の就業規則の定め自体が権利の濫用に当たるような特別の事情があるということができず、組合が控訴人の許可を得ないでビラを配布してもよいということにはならない。

(三)  従って又、組合が組合大会の決議でその許可を得ずにビラを配布する旨決議しても、この事項に関しては、右組合の意思よりも右就業規則の効力が優先し、組合員が従業員としての身分を有する限りその就業規則に従う義務があり、被控訴人主張のように、就業規則違反という形式違反があってもなお法七条の不当労働行為の成立を妨げないものと解するのは相当ではない。

(四)  従って、控訴人のした前記認定の各訓告、戒告は何ら法七条一号、三号の不当労働行為には当たらないものであり、これを不当労働行為に当たるとして、被控訴人がした本件救済命令(一)は、その余の点につき判断するまでもなく、違法であり、取消を免れない。

二  本件救済命令(二)について

1  控訴人の請求原因2(一)の事実(本件救済命令(二)の発令及びその理由)は当事者間に争いがない。

2  使用者である控訴人の施設の管理利用権については、前記一説示と同一であり、前記一認定の就業規則一四条一二号により、個々の組合活動の書類の貼付に関しても控訴人の個別的な許可を要する旨定められ、組合はその個々の許可を得て行えば目的が達せられるものであるが、前記甲第一号証、各成立に争いのない乙第二号証の二、三、七、一三、一五、第七号証、原審証人貞廣保雄、原審(第一、二回)及び当審証人倉田保雄の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  組合は専用の掲示板を設置して控訴人の許可を得ずに自由にこれに貼付し使用したいとの希望に基づくものであり、控訴人が、そのような施設管理利用権の殆ど及ばない組合掲示板を設置することは、前記の許可なくビラを配布すること以上に、判断力の未熟な年齢の高校及び中学生徒の教育を阻害する虞れが強いと考えて許可しないというものである。

(二)  控訴人はその後高松校の組合に対し、組合掲示板の設置を許可したところ、掲示板に貼付されたビラの記事内容が労使紛争の原因となったことがあるので、丸亀校でこれを許可することは同様に労使紛争の原因にもなるとみている(原審証人貞廣保雄の証言)。

(三)  掲示板の設置を許可すると、後記四のような事実に基づかないで控訴人を誹謗するビラが掲示される可能性がないとはいえない。

(四)  控訴人の右拒否理由については、組合と昭和五二年一〇月一五日、昭和五三年五月九日の二回にわたる団体交渉(掲示板設置につき右団体交渉がされたことは争いがない。)で明確に意思表示している。

以上のとおり認められる。

従業員が社会の通常人としての判断力を有する職場で組合掲示板に貼付された掲載記事を組合員以外の従業員が読む場合と異なり、労使間の紛争につき事実に基づかない記事を掲載したビラなどが組合掲示板に貼付され、これを判断力の乏しい中、高校生徒の目に触れることにより教育を阻害する虞れがあり、又、控訴人が組合掲示板の設置を許可した高松校でそれが労使紛争の原因となっているというのであるから、この点の控訴人の主張も肯認することができる。控訴人の施設内で組合掲示板を設ける場合においては、その掲載記事につき少なくても事実に基づく記事内容であることが要求され、事実に基づかずに控訴人を誹謗することのないように、より一層の節度を保つことが必要であり、組合の主張のようなその設置場所を考慮することだけでは足りないものである。しかし、現時点で考慮すると、組合のビラに後記四のような事実に基づかないで控訴人を誹謗する記事が掲載される事情の下では、控訴人がビラなどの貼付につき現行の個別的な許可によるものとし、その掲載記事につき管理使用権の及ばない掲示板の設置を認めないとしていることは止むを得ないものであり、その理由の合理性を否定できず、控訴人において掲示板設置を認めないことが権利の濫用に当たるような特別の事情があるものとはいえない。従って、控訴人が組合に対し、掲示板の設置につきさらに重ねて団体交渉に応ずる義務があるものとはいい難い。なお、企業内組合の場合使用者に組合掲示板の設置につき施設を便宜供与する義務がある旨の被控訴人及び組合の見解は、前記一3(一)の説示に反する見解で採用し難い。

従って、被控訴人が控訴人に対し、右組合掲示板の設置に関し、誠意を以て団体交渉に当たるべきことを命じた本件救済命令(二)は違法であり、取消を免れない。

三  本件救済命令(三)について

1  前記乙第二号証の二、五(但し、各一部認定に反する部分を除く。)、七、各成立に争いのない甲第九号証の一、二、乙第二号証の九、一〇、一三、丙第一五、第一六号証、各原本の存在及び成立に争いのない乙第八号証の八ないし一一、当審証人寺嶋正昭の証言により各成立が認められる甲第三、第六ないし第八号証、第一〇号証の一、二、第九二号証、弁論の全趣旨により各成立が認められる甲第一一ないし第一七号証、原審(第一、二回)及び当審証人寺嶋正昭、同倉田康男の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人の学校は、私立校のため、従前から有名大学への進学率が高い実績に基づき、公立校と異なり中学一年から入学する生徒については(高校一年から入学する生徒については別のカリキュラムによる。)、中学、高校の区分に関係なく中学から高校までを通じたカリキュラムで教育をしており、その授業の進度は、各科目毎、各入学年度毎に若干の相違があるが、昭和五一年度に中学一年に入学した生徒の代数(中内が担当していた科目)教育進度の内部的な基準は、高校の数学教科書の教育に重点を置いたもので、その内容は次のとおりである。公立校では中一から中三までは各学年とも三つの学期すなわち各学年の一学期から三学期まで、一学年の合計指導時間七〇時間で各学年の教科書を教えるのが標準とされているところ、控訴人の学校では、中学の各学年の数学教科書を中一から中二を通じた各二つの学期で教えることとし、授業時間を公立校のほぼ一・五倍の一学年約九〇ないし一〇〇時間とした。すなわち、中一の教科書は中一の一学期から中一の二学期までに教え、中二の教科書は中一の三学期から中二の一学期までに教え、中三の教科書(甲第九号証の一、二)は中二の二学期から中二の三学期までに教えて、中二の年度末までに中一ないし中三の全教科書を終了する。中三の一学期から三学期までは高校の数Ⅰを教え、高校一年から生徒を理科系と文科系とに分け、理科系の生徒に対しては、高一の一学期に各週八時間で数Ⅰを教え、二学期から三学期まで各週八時間で数Ⅱを教え、高二の一学期から三学期まで各週七時間で数Ⅲを教え、高三の一学期から三学期まで各週七時間で演習問題を教えている。文科系の生徒に対しては、高一は通じて各週七時間で、一学期に数Ⅰを教え、二学期、三学期と数Ⅱを教え、さらに高二は通じて各週七時間で一学期、二学期で数Ⅱを終わり、高二の三学期から高三の三学期まで各週七時間で演習問題を教えるというカリキュラムとなっている(甲第七号証)。

(二)  中内は、教育免許が理科(中学一級、高校二級)のみで数学の免許がなかったが、臨時措置として所轄官庁に申請し一年毎の更新で数学の担当を認められ、昭和四九年度から中学についても代数を担当し、昭和五一年度は中一(一、二、三組の全部)の、五二年度は中二(一、二、三組の全部)の代数を担当し、その各学年毎の前記進度の基準及びその細分についてはそれまでの経験から知っており、又、数学科主任寺嶋教諭が主宰し毎年六回にわたり行われた数学科教諭約八、九名の連絡会議で寺嶋主任からその都度周知徹底されており、さらに、中内が主コースの代数を、寺嶋主任が副コースの幾何を担当し、始終寺嶋主任と連絡し、寺嶋主任が中内に対し進度が遅れないようにと注意していた。しかし、中内は控訴人に対し提出した学習指導計画によると、前記(一)の進度基準を無視し、中一の教科書は中一の三学期末までに、中二の教科書は中二の三学期末までに教えることになっており、その実施状況も学習時間は各学年の右基準より更に多く、中一が一四〇時間、中二が一六六時間(中二の代数を担当する際既に中一での約一学期分の遅れを取り戻すため従前は週四時間であったものを特に週五時間に増加することが認められた。)も費しながら、中二の三学期七週目で漸く中二の教科書を教え終わり、三学期の終ころは各項目の内容を十分に時間を掛けられないまま終わっており(中内の実施状況の報告による。丙第一五、第一六号証)、前記の控訴人の進度内部基準(中二の一学期末までに中二の教科書を教え終わること)より、一学期分と七週間分の遅れがあった。控訴人が昭和五二年度末に行った昭和五三年度校務分掌を定める会議(各科主任教諭等を含む構成員)で、中内の進度が著しく遅れていることが問題となり、昭和五三年度に中内を中三の代数の担当とすると、前記(一)のカリキュラムによる教育ができなくなるため、止むを得ず、控訴人は中内には中三の代数の教科を担当させないこととした。(なお、中内は昭和五四年度からは代数を担当せず、中学の理科、高校の物理の担当に変更され現在に至っている。)

(三)  控訴人(丸亀校)の中学、高校(但し、高校からの入学分を含む。)を合わせた全学級数は昭和五三年当時二三学級あり、教諭は約五〇名で、校務は指導課、教務課などの教育行政事務のほか、教務は、中学、高校とも主事、学年主任、学級担任、副担任などに分掌されている。生徒の学級編成は、昭和五一年度入学生徒の場合一組から三組まであるが、学年全員を通じた前年度の成績に従い一番を一組に、二番を二組に、三番を三組に、四番を三組に、五番を二組に、六番を一組に、七番を一組にというように成績順でつづら折りに分けて次の年度の学級編成換えをするため、例えば中二と中三とは各組ともその生徒の顔触れを異にし、学級担任と生徒との結びつきはないが、特別の事情がない限り、例えば中二の二組の学級担任であった者は次年度には中三の二組の学級担任となる(いわゆる持ち上がり)。しかし、学級担任は自己の担当する教科につき担任する学級をも担当し、若し、何らかの事情でその学級の教科を全く担当しない場合にはその学級の学級担任にも指名されず、それを分掌しないというのが、従前の校務分掌の慣例であった。中内については、昭和五一年度は高三の四組(高三の数学も担当した。)、昭和五二年度は中二の二組(前任者の退職による。)の学級担任であり、特別の事情がなければ、昭和五三年度は中三の二組の学級担任に指名される筈であったが、前記(二)の事情で昭和五一年度入学生徒(中二の時中内が担任していた生徒)の中三の代数を担当しなくなったため、控訴人は前記慣例に従い昭和五三年度には中内を中三の二組の学級担任に指名しなかった。

(四)  昭和五二年度に学級担任であったが昭和五三年度に学級担任の指名がなかった者の内組合関係者としては、中内のほか副執行委員長入江、書記長北里、会計監査委員宮岡がいた。しかし、右の者らについては、校務分掌を決定する会議でそれぞれ学級担任としては相当ではないとの結論が出された。すなわち、入江は、担任の学級生徒が暴力事件を起こして退学処分を受けたり、他の生徒で授業時間中に町に行き遊んでいたというように生徒の個人的な監督指導が行き届かなかったことが理由であり、北里は、担任する生徒が他の教諭の授業時間中に騒いだり勝手に話したりして教諭の言うことを聞かず、提出すべきものを提出せず、ベランダから紙の飛行機に火をつけて飛ばす者がいるなど生徒の監督指導が行き届かなかったことがその理由であり、宮岡については、担任すべき学級が高三であるがまだ高三の学級担任となったことがなく、進学指導が充分できない虞れがあったため、高三の学年主任となるべき鴨田教諭が担任となり、宮岡教諭にはその副担任としてその監督指導の方法を習得させることがその理由であって、これらの者が組合員として組合活動をしていることをその理由とするものではない(乙第二号証の一〇)。

以上のとおり認められる。右認定に反し、控訴人が中内を執行委員(当時)であることを嫌悪し組合の正当な行為をしたことを理由に不利益な取扱をした旨の被控訴人及び参加人主張に沿う乙第二号証の二、五の一部、原審(第一、二回)及び当審における参加人組合代表者中内正嗣尋問の結果は右認定事実と対比するとにわかに信用し難く、他に、右認定を左右する証拠はない。

2  右1の認定事実に基づき考察する。

(一)  私立学校の経営者である控訴人が、学校の特色として、前記1認定のように中学及び高校の区分に関係なく、大学への進学を優先的に考慮し、六年間を通じて公立校とは別異の独自のカリキュラムにより生徒を教育しても、それは違法といえないことはもとより、一般に同様の方法で教育効果を挙げている私立校も多く存在することは公知の事実であるから、控訴人がその教育方針を貫くために、中内の担当していた中学課程の数学の内代数の教育に関し進度の内部基準を右認定のように定めたことは、それ自体充分に合理性があり、経営者である控訴人が自由に決定することのできる固有の権利に属し、その定め自体は組合員の経済条件その他の勤務条件には直接関係のない事項であって、組合がこれに反対し組合員がその内部基準に従わない行為は、法七条一号にいう組合の正当な行為に属するとはいい難い。従って、中内がその進度基準に反して授業計画書を提出して独自の進度で教育することは何ら組合の正当な行為ということはできない。

(二)  右認定の中内の教育進度は、控訴人の進度基準によると、中二の三学期において一学期分と七週間分の遅れがあり、中内が同様の教育方針で中三の代数を担当すれば、遂には、控訴人の定めた進度基準での教育に破綻を生ずることは必定であり、中内の教育の進度は著しく遅れているとされても止むを得ず、控訴人が中内を中三の代数担当をさせないとした取扱は首肯でき、その結果中内が中三の教育に関与できず、従って、例え中三の二組の学級担任になっても、その学級の代数につき教えることができなければ学級担任として充分にその校務を分掌することができないことは明らかで、そのような場合にはいわゆる持ち上がりの学級担任の指名をしないとする控訴人の慣行も又合理的な理由に基づくといえるから、昭和五三年度には中内を中三の二組の学級担任に指名しないとした控訴人の取扱は相当であるということができる。

(三)  昭和五二年度に学級担任であったが昭和五三年度に学級担任の指名がされなかった者の内他の組合関係者である入江、北里、宮岡につき、控訴人が学級担任に指名しなかった右認定の理由も首肯することができ、従って、このことから控訴人が中内を学級担任に指名しなかったのは、中内が組合執行委員であることを理由とするものであると推認することはできない。

(四)  以上のとおりであるから、控訴人が昭和五三年度の校務分掌において中内を中三の二組の学級担任に指名しなかったことは、法七条一号の不当労働行為には当たらず、これに当たるとして被控訴人がした本件救済命令(三)は違法であり、取消を免れない。

四  本件救済命令(四)について

1  控訴人の請求原因4(一)の事実(本件救済命令(四)の発令及びその理由)は当事者間に争いがない。

2  前記乙第二号証の九、一五、各成立に争いのない乙第二号証の四、一四、一六、一七ないし二〇(但し、各一部認定に反する部分を除く。)、官署作成部分の成立に争いがなく弁論の全趣旨によりその余の部分の成立が認められる甲第四号証の一、弁論の全趣旨により成立が認められる同号証の二、原審証人武田博雅の証言により各成立が認められる乙第四号証の一五の四、丙第二号証の一ないし三、第六号証の九の一、二、原審における控訴人代表者倉田キヨヱ尋問の結果により成立が認められる乙第六号証の二の三、同号証の七、原審証人武田博雅(但し、一部認定に反する部分を除く。)の証言、原審及び当審における控訴人代表者倉田キヨヱ尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

(一)(1)  武田は高一の一組生徒の編集する学級新聞(昭和五二年六月三〇日発行第1号)に武田を紹介するための生徒のインタビューに応じて、体育、保健などの時間を削って大学入試問題を教えるという進学中心主義の控訴人の教育方針には反対である旨答えたところ、生徒が右新聞に最初「学校について。方針が少し合わない。勉強第一主義には反対」(乙第六号証の二の三)と記載したところ、それを生徒に配布する前に理事長らがこれを知り、学年主任の指導などもあって、武田が生徒に対しその記載を「学校について。知性・健康・徳性を養う重要な場所」(乙第四号証の一五の四)と訂正させた。

(2)  武田は昭和五二年一月までの間の授業中に生徒に対し、武田の月給が当時一一万四五四〇円であり(乙第六号証の七)、控訴人の丸亀校が土地の買占をしたことがないのに、武田の月給が僅か七万円でこのように職員の給与を低額に抑えながら他方では土地を買い占めている旨虚偽の事実を述べて、控訴人の経営を非難した(原審及び当審控訴人代表者倉田キヨヱ本人尋問の結果)。

(3)  そこで、控訴人理事長は、その後生徒及び父兄などから右(2)事実を告げられてこれを知るに至り、昭和五三年三月ころ武田の身元保証人近藤(元他校で歴史の教諭をしたことがあり、同人の推薦を信用して武田を採用したが、その際武田の親代わりをしているので何かあったときは同人に連絡して欲しい旨述べていた。)を呼んで右実情を話し、武田が前記の言動を続けるのであれば退職させるほかない(通常解雇)が、武田にその旨伝えて任意に退職するよう勧めて欲しい旨述べ、間接的に退職を勧奨した。近藤は、一応検討する旨約し、その後武田と連絡の上、愛媛県内の某女子校、愛光などに就職希望を出したが果たさなかったため、そのころ控訴人理事長に対し、他校への就職希望が思うに任せず武田に反省させるので長い目で武田を一人前に育成して欲しい旨の手紙(甲第四号証の一、二)を出した。

(4)  控訴人理事長は右近藤の手紙のこともあり、そのころそれ以上武田に対し直接に退職勧奨の意思表示をしなかった。

(5)  武田はそのころ組合を通じて香川地労委に対し、控訴人は事実無根であるのに事実であるように述べて退職を強要しているものであり、それが法七条三号の不当労働行為であるとして、本件救済命令(三)を求めていた。

(二)(1)  しかし、武田は昭和五五年四月八日付職場ニュースに、組合執行委員武田の氏名入りでA四版で二枚にわたり、「海野先生解雇問題で教職員に訴える。」との記事を掲載し、その中で次のように述べた。控訴人が武田に対し退職勧奨ではなく退職を強要した事件があったが、「病床にあった私の父は、この事件で非常に苦しみ、その年の暮れに死にました。」、「このような普通の常識のある人なら誰でも分かるような全く文字どおりデッチあげの暴力事件によって海野先生は講師に降職されたのです。」とし、前後の文脈からみると、武田は事実無根のことで控訴人から退職を強要されその事が原因で武田の父が死亡したが、控訴人は武田の場合と同様に海野についても宇喜多校長に対する暴力事件を捏造しこれを理由に処分したという趣旨であった(乙第六号証の九の一、二)。

(2)  控訴人理事長はそのころ武田に対し、右(1)の記事に関し、控訴人が近藤を通じて武田に任意退職を勧奨したのに退職を強要したと記載したこと、控訴人の退職勧奨が直接の原因で武田の父が死亡したものではないのにそれが直接の死亡原因であるかのように記載したこと、海野が宇喜多校長に暴力を行使し刑事事件として取調済であるのに控訴人がその事実を捏造したと記載したことなどにつき、何故虚偽の事実を書いたのかとその弁解を聞いたところ、武田はすべて真実に基づいてその記事を書いたもので虚偽の事実ではないとしてその非を認めなかった。控訴人は、この記事の記載を前記の各行為と合わせ考えると、武田が虚偽の事実を述べて他人を煽動する性癖があり、控訴人の学園での教諭の適格性に欠けるものと判断し、同日武田に対し、通常解雇の前段階として、任意による退職を勧奨した。

(3)  右退職勧奨についても、香川地労委での本件に関する申立の一つとして争われていたが、武田は昭和五六年三月二四日理事長に対し、他の組合員らの意見を入れて誓約書を提出した。すなわち、最初は「私は今日まで本校の建学精神に従い精励努力してまいりました。今後とも、本校の建学精神に則り、業務に精励努力します。」との文書を提出したところ、控訴人理事長が武田に対し、前段の部分は武田の従前の前記行為が正当であることを述べているのにすぎないとして返戻された。そこで、武田は同日の二回目に右文書の前段を削除した文書を書き直して提出したところ、控訴人理事長は武田に対し、武田が前記各行為が違反行為で反省している趣旨が表現されたものでなければ受領できないと述べて再び返戻した。そこで、武田は同日三回目に「私は今日まで職務に精励努力してきたつもりでありますが、私の未熟さのためその真意が十分伝わらず、誤解を招くこともありましたことは不徳のいたすところと深く反省しております。今後は諸先生方を範として、建学の精神に則り、誠意職務に精励いたします。」との文書を提出した(丙第二号証の一ないし三)。控訴人理事長は右文言になお不満があったが武田が反省したものとみてこれを受領し、これにより退職勧奨を事実上撤回した。

以上のとおり認められ、乙第二号証の一七ないし二〇及び原審証人武田博雅の証言中各右認定に反する部分は、前記認定の各事実と対比するとにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

3  右認定2の事実に基づき考察する。

(一)  右認定(一)(1)の控訴人の進学中心主義の教育を批判しこれを生徒に話すことが組合の正当な行為に当たらないことは、前記三2(一)の説示と同一である。

(二)  同(一)(2)の事実については、給与が低額であると主張する限度では組合の正当な行為に属するが、武田が自己の給与月額が一一万四五四〇円であるのに七万円であり、控訴人の丸亀校では土地を買い占めたことがないのに職員の給与を低額とする一方その金で土地を買い占めていると述べることは、虚偽の事実を述べて控訴人を誹謗する違法な行為であり、組合の正当な行為であるとはいえない。控訴人が武田に対し、そのことにつき当時弁解の機会を与えないで退職勧奨をしたけれども、その後の香川地労委、原審、当審でその弁解の機会が十分与えられているから、現在そのこと自体の違法はない。

(三)  同(二)(1)のビラの記事については、武田に対し控訴人がした前記理由による退職勧奨を事実無根の理由による退職強要と記載し、控訴人の武田に対する退職勧奨と武田の父の死亡との間には何ら相当因果関係がないものというべきところあたかもそれがあるような印象を与える記載をし、海野教諭の宇喜多校長に対する暴力行為が控訴人の捏造したものとはいえないのに、これに基づいて海野を降職したという記載をしたことは、控訴人を故なく誹謗するもので違法であり、それが組合の機関紙であるビラに掲載されてもなお、組合の正当な行為に当たるものということはできない。

(四)(1)  控訴人は前記認定(二)(2)のように武田が控訴人の教諭としての適格性に欠けるものと判断し、通常解雇の前段階として、任意に退職することを勧奨したのは相当(それが濫用に当たるような事情もない。)であり、右認定の経緯からみると、将来何らかの新たな事実が生じそれにより退職勧奨を行う場合を除き、控訴人が武田に対し、右認定の理由に基づきさらに退職勧奨をすることはないものとみられる。

(2)  控訴人は武田に対し、右(1)のように組合の正当な行為とはいえない行為を理由として退職勧奨をしたのにすぎず、それらの事実から、控訴人が武田を控訴人職員から排除して組合の運営を支配しこれに介入する意思があったとの事実を推認することはできないから、その退職勧奨は法七条三号の不当労働行為に当たるものとはいえない。被控訴人が控訴人に対し、法七条三号の不当労働行為に当たるとして、武田に対し退職勧奨することを禁止した本件救済命令(四)は違法であり、取消を免れない。

五  以上のとおりであるから、本件救済命令(一)ないし(四)は全て違法であるので、これを取り消すべきもので、控訴人の本訴請求は認容すべきところ、これと異なる原判決は相当ではないので、これを取り消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条により、主文のとおり判決する。

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